2009年6月11日 (木)

大阪の渡船めぐり by cycle

Photo 水の都と言われた大阪には多くの河川と掘割がありました。   昔は31ヶ所あった渡し舟は今は安治川と木津川の河口に8ヶ所残っています。   最近は長大な橋梁が次々と架けられましたが、勾配がきつかったりループ橋であったりで自転車には向きません。
安治川の河底トンネルと9ヶ所を自転車で廻ってみます。
橋の代わりですから大阪市営で無料です。
毎時15分~20分間隔ですが、安治川渡船は30分、木津川渡船は昼間は45分間隔ですから気をつけてください。
地図はクリックで拡大します。Photo_3
一番南の木津川渡船から出発します。
通勤時間帯は10分間隔です。
南港通りから自転車の押せる階段をおりますが、倉庫と空き地で道標はありません。
大正区の殆どは工場地帯で昼間でも人影はありません。
バス道に出て左折、西船町のバスの終点を右折です。Photo_4

船町渡しは川巾が一番狭くて75㍍です。
大正通りに出て左へ、すぐ車の通れる通りを右(北)に向かいます。
新しく出来た千歳大橋の袂を過ぎて住宅地に入ると右に自然に曲がります。Photo_5
ちょうど通学時間になって鶴町住宅から泉尾の高校に通う生徒で満員です。
皆んな自転車ですから大変です、
50人は乗ってるでしょうか、2隻の舟で相互通行です。Photo_6
倉庫と空き地の中を北に走って泉尾の住宅地に入れば左に二棟の高層マンションが見えますから、それを廻りこむと甚兵衛渡しです。
ここは両岸が住宅地ですから、そこそこの人が乗ります。
まっすぐみなと通りに出て左へ、中央体育館の前を通って地下鉄の高架と一緒になって千船橋を過ぎると大阪港駅です。
大通りを右へ、大観覧車と海遊館が見えてきます。  時間がゆるせばお寄りください。Photo_7
Photo_8右に緑陰の天保山公園がありますから、河岸を回り込むように汽船の桟橋から右に行くと天保山渡船です。
その前に明治天皇行幸記念塔の横に二等三角点がありますから、天保山登頂をお楽しみください。  地図に載っている日本一低い山です。Photo_10
この渡船にはUSJに通う外人スタッフが必ず乗ってきます。
USJに行く道標が立っていますから、JRの桜島駅、USJ前駅と線路にそって安治川口駅を過ぎると国道43号線に突き当ります。 狭い通路を右へ約100㍍で高架の下を斜めに右へ、川岸の堤防にそPhoto_11って最初の建物が安治川トンネルです。
大きなエレベーターに人も自転車も一緒に乗って河底通路を通ってまたエレベーターで上にあがります。 
以外にたくさんの人が利用します。
ここは西区になります。
まっすぐ行くと九条商店街になります。
長い商店街を抜けて千代崎橋を渡らずに右折して大阪ドームの前を通ります。
大正橋を渡ってまだ南に進みます。Photo_12
Photo_13Photo_15

大正区役所の南隣りは千島公園でこんもり茂った築山は昭和山です。
地下鉄工事の残土を積み上げたもので標高32㍍の大阪市の最高峰です。
海抜0㍍地帯ですから立派なものです。Photo_16
Photo_17昭和山の東側を斜めに北東に入ると落合上渡船で南に800㍍で下の渡しです。
両岸とも工場地帯で昼時ならば少し西の大正通りに出れば沖縄料理の飯屋があります。Photo_19

落合下渡船から一番川岸に近い道を進むと千本松大橋の手前に千本松渡しがあります。  ループ橋の真下を通ります。
このループ橋を自転車で渡ってみたい誘惑にかかりますがループ部分の降りは大型車と並行して危険です。
新なにわ筋に出て北加賀屋で最初の南港通りに会って周回が完成します。
なお、近くの平尾亥開公園の木津川べりに大正3年(1914)に第一次世界大戦のドイツ人の俘虜収容所が設けられ、解放後そのまま日本に残ったドイツ人の中にユーハイムの創業者が居りました。  船待ち時間があれば行ってみましょう。  記念碑が立っています。
乗船してからの自転車の位置、係員への挨拶もエチケットです。

何処を始発にするかはお好みです。   どの渡船場も入り口にあまり目立った表示が無いので通り過ぎることがあります。
南半分の大正区内は殆ど工場で人影はありませんし、もし聞く人が居ても渡船場のことは知りませんから、ぜひ渡船の位置が入った市街区分地図をお持ちください。   あまり急がなくても天保山・昭和山登頂をふくめて5時間がめやすです。  全行程を歩いた人は二日ががりのようです。Photo_2
またバスとJRを使って一日で歩くことも可能ですが、大阪市建設局・渡船事務所(06-6531-0548)が発行している「渡船場マップ」に各渡船場への最寄の公共交通(市バス)の詳細なマップの掲載されたパンフレットがあります。   各渡船場のどちらかの岸にある事務所に備えてありますが、事前に入手したい方は上記電話にお尋ねください。   バスは案外たくさん走っています。     桜島から九条はJRです。    落合上~下・千歳~源兵衛間と木津川・船町間は一駅ですから歩く方が早いでしょう。   大阪市共通一日乗車券があります。Photo_20





 

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2009年6月16日 (火)

大阪市内の熊野街道と九十九王子 Ⅰ

昔々京都から熊野三山をお参利した「熊野もうで」の大阪市内の街道をさぐってみました。
九十九王子とは途中の休憩をかねた熊野権現の遥拝所です。   市内に6ケ所ありましたが今残っているのは阿部王子だけです。
京都を出た三十石船は天満橋の袂の八軒家の船着場に着きます。Photo_2

Photo

京阪電車天満橋駅ビルの南向いの永田屋昆布店の店頭に八軒屋船着場跡の碑があります。
大川には観光水上バスがとまります。Photo_3
Photo_4











2

土佐堀通を西に行くと御祓筋で「熊野かいどう」の銘板が立っています。
熊野街道の始発点ですが、もう一筋西に行って南に折れると座摩神社の行宮があります。    ここに第一王子の窪津王子があったと伝えられています。
御祓筋にもどって坂道を登ります。
上町台地ですから南と東に向かうのは登り坂になります。
しばらく行くと中大江公園の前に「八軒屋から0.5㌔」と刻まれた里程柱があります。
銘板とこの石柱がこれからの道標です。Photo_5
Photo_6 中央大通りを越えると右側の南大江公園の奥に狸坂大明神が祀ってあります。 ここが坂口王子の朝日神明Photo_7社跡と言われています。

さらに進むと榎木の大木が道をふさいで小さな明神が祀ってあります。  この木を切ろうとすると必ず事故が起こるので、そのままになっています。
右側の階段をくだって長堀通をまっすぐ行くのが京道で高津宮に行きます。
手前を東に向かって谷町筋を渡り次の筋を右折して長堀通を渡ります。  ここの南北両方に1.8㌔の里程柱があります。   このあたりはビルの間に明治大正時代の面影のある古い商家や金物関係の卸屋さんが並んでいます。
「からほり商店街」を過ぎて坂を降りと上町中学校の前に2.2㌔の里程柱がありますが、このあたりに郡戸(こうと)王子があったとされています。(高津宮に合祀)
街道はまっすぐ四天王寺に突き当ります。

Photo_8Photo_9高津宮と生国魂神社に寄ったようですが、どのコースを辿ったのか判然としません。
生玉さんの前を南下して勝鬘院(愛染さん)の隣にある大江神社に上野王子が合祀されていますが、上野王子跡は上之宮高校附近とされています。     京道は次第に東によって四天王寺の乾門の北で参道と一緒になったようです。Photo_10
このあたりは「天王寺七坂」で詳しく説明します。
四天王寺にお参りして参道を阿倍野に出ます。

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2009年6月22日 (月)

熊野街道と九十九王子 Ⅱ

2 あべの筋を南に下って松虫で上町線の軌道が外れてから熊野街道も斜め右へ細井街道になります。
●は銘板か里程柱ですが、これより多くあります。Photo_10
すぐに陰陽で有名な阿部晴明社を過ぎて王子の本番阿部王子神社があります。
小さなお宮ですが、古い楠の大木が印象てきです。


Photo_11



                   Photo_3                本殿の熊野権現の隣にお稲荷さんと八咫烏が祀られています。

  Photo_4

また軌道にもどって南港通をすぎるとすぐ左の細い道に入って帝塚山の高級マンションの間をすぎると万代池に出ます。
池のおかげで旧街道が残っています。


Photo_5 Photo_6
軌道を右に見送って高野線の踏み切りを渡ると本格的な熊野街道の様相をあらわします。
Y字路の右は住吉大社の北側の坂道になります。
細井川を渡ると古い街道らしく寺院が十軒ほど並び、地面に埋め込まれた銘板や里程柱が次々と並び左の墨江小学校の塀に津守廃寺跡の銘板があります。
大阪市内の最後の王子です。Photo_7
Photo_8                             これからは右側の古い農神社の前の小学校の角に最後の銘板があって、あと100㍍ばかりで大和川の堤防に出ます。
大和川が河内からこちらに付け替えられたのは1703年ですから、それまではまっすぐに堺王子に続いたのでしょう。

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2009年6月24日 (水)

天王寺七坂 Ⅰー真言坂から

Photo 生玉から夕陽丘にかけての上町台地には古い寺院がたくさん残っていますから、区画整理にあわずに昔のままの坂道が残っています。
天満の船着場から御祓筋が南に延びています。
この道は熊野街道と京道が重なっていますが、熊野街道が東に曲がるところをまっすぐ進むと仁徳帝を祀る高津宮(こうづのみや)の東側を通ります。Photo_2
今は千日前通の高架で遮られていますが、ここから生国魂神社(いくたまじんじゃ)の北門につきあたる坂道が真言坂です。
Photo_3 昔はこの坂の両側にお寺が十坊あって真言宗が多かったからこの名がつきました。
今はマンションにはさまれています。Photo_4
Photo_5
生玉さんに北門(裏門)から入ると皇大神宮・天満天神宮・住吉大社等の分祀が十二社並んでいます。
一番奥の浄瑠璃神社が芸能関係の方のお参りが多いようです。
本殿にお参りして大鳥居の前の京道を南に進みます。

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2009年6月26日 (金)

天王寺七坂 Ⅱ-源聖寺坂と口縄坂

Photo_9 生玉さんから南にまっすぐ百㍍ばかりで両側が寺院ばかりになって西側の寺の角に源聖寺坂の看板が立っています。
石畳の階段が多い坂道で曲がりくねっています。
この坂が一番おもむきがあります。
Photo_19

降り口左側の銀山寺に近松門左衛門の浄瑠璃「心中宵庚申」の主人公のお千代と半兵衛の比翼塚がのこっていますから、これは実話なんですネ・・・
源聖寺には水子供養の「花の観音」があります。                    Photo_21    

松屋町筋に出るとしばらくお寺が続きます。
満福寺には幕末には新鮮組の屯所が置かれていました。

   「尊かる なみだや染て ちる紅葉」
の芭蕉の句碑が立っています。                                                                

学園坂(これは新しくて七坂に入りません)を越すとダイハツの横が口縄坂です。
口縄は蛇の意です。Photo_20

Photo_14 Photo_15

両側がお寺の塀ですから、めったに人が通らない静かな坂道です。

口縄坂を登りきりと百㍍ほどで小路を右に左にと曲がりくねって勝鬘院(愛染堂)の東側を立派な多宝塔をながめます。
突き当って右です。

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2009年6月28日 (日)

天王寺七坂 Ⅲ-愛染坂と清水坂

Photo Photo_4
勝鬘院愛染堂の入り口は狭いですが、中に入ると堂々としたものです。
昔は四天王寺の施療院として薬草を栽培していました。
今は愛染さんは大阪の夏祭りのトップで此処からミナミに宝恵駕篭が愛染坂を降ります。Photo_5 Photo_6

Photo_7 大江神社の境内に夕陽丘の碑があります。
昔は名前のように夕陽を眺めるステキな展望台でしたが今は木が茂ってしまいました。Photo_8

大江神社の鳥居の横から愛染坂は降りますが平凡な坂です。
降ると道標にしたがって左に曲がります。Photo_14

Photo_12  清水(きよみず)坂は綺麗に整備されました。
登り切ると案内板にしたがって清水寺の裏からも入れます。

次章にこの界隈の略図をいれます。

写真は拡大できます。

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2009年7月 2日 (木)

天王寺七坂 Ⅳ 天神坂と逢坂

Photo_11 Photo 清水坂をあがって右の小道は清水(きよみず)寺の裏にでますが、天神坂を上から降りましょう。
Photo_2
天神坂の名水を過ぎると左手に安居神社の階段がありますが、さきに右に曲がって清水寺にお参りしましょう。




Photo_3 Photo_4
Photo_5Photo_6







Photo_7安居天神を南に抜けると、このように逢坂の中ほどに出ます。   国道25号線ですから昔の坂の面影はありません。
逢坂の石碑は降って松屋町筋との角にあります。
これで天王寺七坂は終わりです。
一心寺と四天王寺をお参りしてお帰りください。

Photo_8 Photo_9   

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2009年7月 5日 (日)

上町台地と河内湖

Photo_9 古い大阪をブラブラすると、どうしても上町台地が出てきます。
大昔の大阪湾は深く内陸に入り込んで、そこに上町台地が半島のように突き出ています。
枚方まで海だったようです。    二千年ほど前の古墳時代になって、口が塞がれて河内湖になりました。
仁徳天皇が今の大川を掘削して、その南に難波宮(なにわのみや)が出来たのが大阪の始まりです。
南に四天王寺が建立され大阪城が築城されて上町台地そのものが都市大阪になりました。
300年前にそれまで河内湖に流れ込んでいた大和川が西に向かって付け替えられて河内湖は干上がって河内平野になりました。
上町台地の西側には八十ヶほどの島が点在してました。  それが淀川の土砂で埋められて今の大阪になりました。

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2009年7月 7日 (火)

大 阪 五 山

大阪市内に山Photoはあるのか探してみました。

Photo_2

大阪港の海遊館の大観覧車の反対側に天保山公園があります。
行幸記念塔の下に「日本一低い山」の二等三角点(4.53㍍)があります。
昔、安治川の浚渫の際の盛り土で出来た築山ですが、国土地理院の地図に記載されている三角点としては一番低いものです。
上を湾岸高速道路が通り北側には天保山渡しの船着場があります。Photo_3
Photo_4

ずっと南にさがって大正区役所の南隣に千島公園になっている昭和山(33㍍)があります。
地下鉄工事の残土を積み上げたもので海抜0㍍地帯にありますから中々立派な山です。
躑躅や蘇鉄の多い整備された公園です。Photo_5
次は東に進んで上町台地に登ります。
生野区役所の東隣に御勝山古墳(約22㍍)があります。
もとは岡山と呼ばれておったのが、大阪夏の陣で徳川秀忠が陣を構え勝利したので御勝山になったと伝えられています。
前方後円墳だったのが南側を勝山通で削られて貧弱なものになりました。
大阪市史跡です。Photo_6 Photo_7

南に降って天王寺公園の美術館の裏に茶臼山(約25㍍)があります。
古墳とも言われていますが、3世紀のころ和気清麻呂が河内からの排水を考えて豪を掘ったときの盛り土と河底池が正しいようです。Photo_8
さらに南へ、南海高野線の帝塚山駅の西百㍍に帝塚山古墳(22㍍)があります。
このあたりは大小の古墳が散在しましたが、明治天皇が陸軍大演習の際にこの上から観戦したため宮内省が史跡と指定したため、これだけが残りました。
残念ですが大阪には築山ばかりで天然の山はありません。
しかし大阪一高い山と日本一低い山には何時までも登山したいと思っています。

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2009年11月 6日 (金)

靭(うつぼ)公園

Photo 大阪市立靭公園は西区の中央大通りの北にある東西に細長い3万坪の公園です。
バラ園とテニスコートで有名です。Photo_2 Photo_3 昭和の初めまでここに雑魚場(魚市場)がありましたが、福島にできた中央卸市場に統合されて空き家になっていたのが昭和20年の大空襲で廃墟になりました。
戦後、占領軍が飛行場として使っていましたが、返還されて現在のように整備されました。Photo_4
バラ園の中は疎水が流れ滝や噴水の間に面白いオブジェが並んでいます。
昼休みには周りのオフィイス街から昼休みのお弁当や散策に来る人のほか、周辺に団地や巨大マンションから幼児を連れた若いママが芝生の上で日向ぼっこしているのをたくさん見かけます。Photo_5
なにわ筋をへだてた西園には国際試合も行われるセンターコートのほか合計20面のテニスコートがあります。
平日も2ヶ月先まで予約で一杯で終日若い女の子や中老年のオジサンが球を追っています。
ここの地下は255台収容の大駐車場になっています。
北側の京町堀にはケーキ屋さんやシャレタお店が並んでいます。
西に向かうと地下鉄あわざ駅の近くに中国総領事館があって何時も機動隊が数十人周りを警備しています。

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2009年11月 7日 (土)

  長 居 公 園

長居公園Photo 住吉区のド真ん中にある総合運動公園です。
年中各種運動競技の大会が行われ、とくに大阪女子国際マラソンのスタート・ゴールでTVの画面をにぎあわせます。
セレッソ大阪の本拠地です。
その他第2陸上競技場・プール・テニス場・相撲場とあらゆる種類の設備をほこっていますが、なんと言っても市民に親しまれているのは2.9㌔の周回ジョギングコースです。Photo_2

早朝から夜間まで毎日数万人の人々がジョギングにマラソンの練習にいそしんでいます。Photo_3
広大な面積を占める長居植物園も見逃せません。
各域にテーマを持った森で形成されていますが、春と秋のバラ園と7月の中央池のハスには多くのカメラマンがおしかけます。
各季節の花はHPより選んでください。
ここの一角にある自然史博物館も興味があります。
地球を形成する土壌・植物・動物とその生活をわかりやすく展示してます。
鯨から昆虫までの骨格を集めたホネホネ展のような特別展もあります。Photo_4
66㌶といってもピンときませんが、周回コースを一周するのも良い運動です。Photo_5

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2009年11月25日 (水)

 天 王 寺 公 園

Photo 天王寺公園は入園料が要るから美術館や動物園に行くため通り抜ける人のほかは案外閑散としています。
天王寺公園の風景には通天閣がどうしても入ってきます。Photo_2

Photo_3 慶沢園は正面を通り抜けるだけではなく、築山のほうをぜひ回遊してください。
日本庭園のいろいろの顔を持っています。
ついでに茶臼山にも脚を延ばしましょう。
森林浴が満喫できます。Photo_6
Photo_5  
美術館の前にもどって西に降り、大きなブリッジを渡ると動物園の正面入り口です。

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2009年12月 2日 (水)

 大 坂 城 公 園

Photo 大坂城公園は大坂城天守閣がそのものです。
南西(左下)のNHKの前からご案内しましょう。
大手前口からはいります。  このあたりの城壁の巨石は見事です。
すぐ左に西の丸庭園があります。 春は桜が見事です。
南に廻って櫻門から本丸にむかいます。Photo_2

Photo_3

Photo_4現代の 天守閣は鉄筋コンクリート建てです。  大地震でもビクともしません。
エレベーターで5階まで上がって8階の展望台まで階段です。
降りは各階の展示室を廻って階段でくだります。

Photo_6 Photo_5
展示室にはジオラマで築城当初から豊臣・徳川の興亡を紹介しております。

Photo_7 Photo_8
本丸を出ると北に回りこんで極楽橋から青屋門をぬけて左に行けばBP方面、右はJR大坂城公園駅です。
1月は東側の梅林が見事です。Photo_9

左手前が大手前口
天守閣をバックに大阪ビジネスパーク
大阪の新旧です

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2010年4月29日 (木)

花博記念公園鶴見緑地

花の万博から20年たちました。
PhotoPhoto_10
記憶では花壇などで花がいっぱいのはずなのき、彩りはすくないです。




Photo_3   Photo_4
記憶に無い外国庭園が並んでいますが、規模が小さいからインパクトがありません。  中国館は老朽化して立ち入り禁止になっています。


Photo_5

なんと言ってもここはこの緑地で訴えるべきでしょう。    スポーツ施設が整っているわりに使われていないようです。
まだまだ、ここは過疎地の真ん中ですから南
北の交通は不便 です。
Photo_6





Photo_7
’10年4月に展望塔は閉鎖されました。   
「咲くやこの花館」の熱帯植物も20年経って大きくなりましたが、入場料の500円のわりには魅力がありません。
これからの方向性が問題です。Photo_8

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2010年6月 5日 (土)

城北公園菖蒲園

城北公園は大きな池と菖蒲園だけです。Photo Photo_2 Photo_3

Photo_7  5月下旬から6月20日ぐらいの開園です。
拡大できます。
Photo_8 Photo_9  

真ん中を貫いている巨大な菅原城北大橋のオブジェには感動します。

大阪駅前から頻発している守口車庫行きのバスで15分です。Photo_10

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